人生のひだ、『アンティーク』を楽しめるように ~結の独り言~
私は、『アンティーク』を楽しめる人間になりたいとつくづく思います。
『アンティーク』ただ古くてボロ臭いだけではなく、そんな古さの中に良さ というか味がある。最近流行りのアレです。
家のリフォームとかでも、木が古くなって色が変化してくるのを見越して、ちょうどある程度の年数が立ったときに初めてその真価を発揮する。 素晴らしいなぁ、巧みだなぁと言葉にならない感動を覚えます。
自然と一体となり、時間とともに木材自身も移ろい、その姿を変えていく。
なんと儚く、なんと美しいことか…。
それと同じように、人間の人生にも『アンティーク』つまり、年を重ねるからこそ出る良さ というものがあるのかなと思います。
人間も森の木々と同じように一年一年、一日一日、もっと言うなれば一瞬一瞬に時を刻み、年を重ねます。「今日と同じ明日は巡ってこない」、「同じ日は2度とない」などは、みなさん、生きていれば必ず1度は聞いたことがあるかと思いますが、まさにその通り。今日と同じ日などないんです。昨日、どれだけ悔やんでも悔やみきれないほど後悔したことがあっても、もう一度その時点に戻ってやり直す なんてことはできません。必ず1日1日多少なりとも変化しているのです。いい意味でも、悪い意味でも。
であれば、わたしたちも少しずつ変化しているはず。
変化するということは、「今あるものの形がかわる」言い換えれば、今あるものがそのものではなくなるということです。ある→ない の変化です。
人間ない→ある の変化にはすごく敏感というか貪欲で、自分を満たそうとあらゆる方向からアプローチをかけていき、そしてそれが自分の手中にくると、すごく満たされます。幸せな気分になります。
しかし、長くは続かないので、すぐにまた別のなにかを求めようとします。
一方で、ある→ない の変化の際はというと、これを失ったらどうしよう とあくせくし、もがき苦しみ、やがてそれがなくなると何ものにも代え難い大きな喪失感に襲われます。
それは友達からもらった宝もの、お財布、果ては自分自身の運動能力などもそうでしょう。
私自身、少し前までこのような状態でした。
今あるものがなくなったら?親しい人が離れていったら?自分には何がのこり、何ができるのか?今ある「自分を自分たらしめるもの」が今日、あるいは明日突然ポンと消えるのではないか?…
堂々巡り、ですね。こうなってしまうとなかなか大変。今、現状から変わること自体が怖かった。変わらせまいと必死にもがいていました。 1日1日変化があるのは当然のことで、恐れることなどないというのに。
ある人が私にこんなことを言いました。「人生には”ひだ”がたくさんあったほうがいい。そのほうがいろいろなことを考え、経験できるから何倍も楽しい人生になる」
「人生には”ひだ”がたくさんあったほうがいい」なるほど、上手いこと言ったものです。1日1日の変化こそが後々の”ひだ”となる。変化を恐れず生きていこう(むしろ楽しむぐらいの気持ちでね)
最近の私は、これをモットーに日々生きています。
関連記事