漢字雑談『廻』

今日は、お久しぶりの漢字雑談シリーズ第2弾をやろうかなと思います。
第2弾となる今回は『廻』輪廻転生とかでよく見る字ですね。
この字の意味は、「汚れのない清水が途切れることなく流れている様子」からきているようです。

 

 

私事ですが、最近「水ってすごいなぁ…!」と思ってなりません。私が高校生時代の理科(化学・生物)の担当の先生が、すごく面白い方で。それまで苦手意識の強かった理科に自分がだんだん引き込まれるのを感じていたほどです。
(これは今回の話と直接関係はありませんが今思うと、仮面ライダーにハマりだしたのも、このころからなので、もしかすると先生との出会いも影響したのかもしれません。)
そんな先生との授業で、「水はいくつもの分子が一定の空間中でぶつかり合って動き、それが上から下へ流れているように見える」と教わった記憶があります。
ある時、風呂でシャワーを浴びていると、不意に「シャワーの水を見てみよう」と思い立ち、流れるさまをじっくり観察したんです。そうしてよくみると、とても細かい水の粒がパンパンと弾けあって、上から下、下から上、ある粒は斜めに といずれにしてもそのどれもがものすごいスピードで当たっているように見えたんです。それを見た後もう一度目を離すとただ水が上から下に、何事もないかのように当たり前に流れていたんです。そして、もう一度目を近づけると、そこではやはり激しく粒同士が互いにぶつかり合っていました。

それを見た時、知ったとき、私は感激しました。このような激しい粒子のぶつかり合い(流れ)が、油やよごれ、菌などを洗い流し、アルカリと酸を混ぜ、果ては我々の体内を駆け巡り、それぞれの”私”を構成している。なんと奥が深い…。

それだけではありません。水はその場を流れる際、色々なものと出会います。石けんなどに閉じ込められた油や菌。酸とアルカリの話でいけば、各薬剤。料理の場合は様々な野菜や果物、調味料。その他にも空気や血液etc…言い出したらきりがないのでこの辺でやめておきますが、水のすごいところは、万物すべてのものと出会っても『拒絶することなくそれらを受け入れ』、『相手に合わせて形を変え、より良いフォルムでそれを享受する』この姿勢というか、心構えは見習いたいなぁと思っています。

というか我々人間、生まれる前は羊水という「水」に浸かっており、生を受けてからも、水を取らなければすぐ死に至る。もしかしたら水と私たちは、一生切っても切れない縁なのかもしれません。

 

そして何よりも私が水を尊敬する理由の一つに『自分が”消える”ことを恐れない』ことがあります。先ほどわたしは『相手に合わせて形を変え、より良いフォルムでそれを享受する』と書きましたが、それは形を変えて相手と融合し、『別の物になる』わけですから、それは=元々の水本来の姿としては死を意味します。
私は、自分が自分で無くなることを恐れるし、出来ていたこと、備わっていた能力や個性を失うのが怖くて夜、眠れないこともあります。 それに対し水は、そのことを怖いとも言わないし、むしろ自分が変わっていく過程も、変わった後の姿も、『すべて自分』として、今この時から何も言わずにただ受け入れている。一種の『悟り』のようなものでしょうか。  これには私もただただ感服、脱帽です。

『廻』。それはこのような水の途絶えることなき流れ。
私は、水のような人間になりたい。

 

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